2010年03月06日

理系・文系という分け方は間違っている!(5)〜自然の創造が合理主義へ〜

神学と科学への正しい理解3.JPG

理系・文系という分け方は間違っている!(1) 〜神学 vs 学問〜
http://rextuseferu.seesaa.net/article/142022140.html
理系・文系という分け方は間違っている!(2) 〜証明が出来なければ皆殺しである〜
http://rextuseferu.seesaa.net/article/142151272.html
理系・文系という分け方は間違っている!(3) 〜神の啓示と自然の創造〜
http://rextuseferu.seesaa.net/article/142426379.html
理系・文系という分け方は間違っている!(4) 〜魔女狩りとファンダメンタリスト〜
http://rextuseferu.seesaa.net/article/142849282.html
の続きです。

キリスト教は「自然の創造」を神のことだとして付け加えることで、啓示を否定しては超自然現象は起きないので、神を完全に地上の秩序に包摂した。
つまり、神を自然の摂理(プロビデンス)に置き換えてなるべく現実世界と無理のない関係を築いてきた。

・・という話をしましたが、このことを象徴する人物としてオランダの哲学者で神学者のスピノザがいます。

佐藤優と副島隆彦の共著「暴走する国家 恐慌化する世界」(↓)の中で、「スピノザはイルミナティ思考である」という言葉が出てきました。


暴走する国家 恐慌化する世界―迫り来る新統制経済体制(ネオ・コーポラティズム)の罠

暴走する国家 恐慌化する世界―迫り来る新統制経済体制(ネオ・コーポラティズム)の罠

  • 作者: 副島 隆彦
  • 出版社/メーカー: 日本文芸社
  • 発売日: 2008/12/18
  • メディア: 単行本




(以下、要点を転載↓)

オランダの哲学者で神学者のスピノザは、神の存在を数学的に証明すると言って”エチカ”を書きました。
スピノザとマルクスは、ユダヤ系の政治思想家です。

数学的証明という合理主義(ラチオリズム)で神を解き明かそうとしました。
エチカでスピノザは、「人間中心的な考えを改めて自然と神と深く関わることで初めて人間だ」と説きました。

つまり、スピノザは「世の中にずっと神が遍在していてその総和が神だ」といったのです。
(イギリスの哲学者のアルフレッド・ホワイトヘッドも近い)

こうなると逆説的に「ではなぜこの世に悪があるのか?悪も神が作ったのか?」という疑問が出てきます。

カバラとは「汎悪魔主義(パンデモニズム)」とも呼ばれます。
(グノーシス主義というもの似たようなものだと考えて構いません。)

つまり「神は存在せず、悪魔しかいない」という主義です。

なぜこんな思想が生まれてきたかというと、
かつて旧約聖書(ユダヤ教・キリスト教)を信じる者から「なぜこの世に悪があるのか?悪も神が作ったのか?」という疑問が出てきて、

この疑問に対して
「神が悪を作ることはないから、悪は善の欠如である」
「善の欠如なら、努力すれば善は達成できる」と説かれていましたが、


そうなると、
「人間の罪が無くなっては穢(けが)れだけではないか!?」
「人間は罪深い生き物ではなかったのか!?」
ということになり、

そして「人間には、実は原罪(オリジナル・シン)なんてなかった」という発想が生まれてきました。

この考えの逆は、実は”この世に悪があるという事”は「=(イコール)神など存在せず、悪魔しかいない」ということになります。

そこで、ユダヤ教の絶対神であるヤハウェ(エホバ・ハレルヤとも)を闇の神として、
光り輝く神として「ルシファー」を存在することにしました。
夜明けの明星、つまり金星のことです。

ヤハウェ(闇の神)vs ルシファー(光の神)としたのです。

こうなるとスピノザもイルミナティ思想で、
大きくは善(正しい)と、悪(間違い)の戦いという構図になります。

それが、汎神論=汎悪魔主義(パンデモニズム)です。
これが世界大戦を裏で操っていたイルミナティ・フリーメイソンの悪魔主義者アルバート・パイクにも通じてきます。

中世は他人を中傷したりイタズラするものでしたが、悪魔は近代になってから増殖しました。

悪の考え方の2通りあり、
1つ目は、善の欠如(西側)というもの。
2つ目は、悪自身が自立している(ビザンツ「東ローマ帝国」、神学やロシア正教神学) というものです。

神が悪を作ったのならばそれは神ではなく悪魔だ。
するとスピノザなどの「汎神論」というのは「汎悪魔主義」ということになります。
神学界でスピノザを警戒しているのはそのためです。


(転載終わり)



これが更に、

キリスト教のグレイス(自己犠牲・無償の愛)
vs
ユダヤ教のラチオリーズン(強欲と拝金の思想)


と、

(キリスト教の)弱者救済の正義
vs
(ユダヤ教の)弱肉強食の正義


という古代からの正義論の二分法まで根差していることが分かります。

16世紀の終わりに流行したまさにイルミナティの思考がアイザック・ルリアの「カバラ」で、17世紀にカバラが出てきてから悪魔の力が強くなっていきました。

デカルトが悩んだ心身二元論も、「精神も物質も、神の中に並行して存在するのだ」と一元論で唱えました。(心身平行論)

この流れを合理主義哲学(大陸合理主義)と言います。

17、18世紀にヨーロッパの近代知識人は”理神論”を超えて「神は合理の別名だ」 と言い出しました。
イエスの奇跡やイエスは神の子だということをあまり言わなくても良いからです。
だから近代以降の神学の流れが「摂理重視」になります。

ここから近代科学が発展していきます。

続きです。
理系・文系という分け方は間違っている!(5)〜自然の創造が合理主義へ〜
http://rextuseferu.seesaa.net/article/142932468.html
理系・文系という分け方は間違っている!(6)〜〜科学教という宗教は実在する〜〜
http://rextuseferu.seesaa.net/article/142945514.html






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posted by 時ニール at 23:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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